連日、裁判員裁判のことがニュースとして報道されています。
初の裁判員となった皆様は、
裁判員に選任された
ということだけでも重圧でしょうに、そこにさらに
「初の」
と付いてしまい、逐一ニュースになるのですから
その重圧は耐え難いものになっているのではないかと。
具合悪くなって、交代した裁判員をいらっしゃるようですが
こんなでは具合も悪くなりますよねぇ。
名前も顔も公表されなくても、こんなに報道されちゃぁね。
ところで。
ニュースや公表されていることを
全て読んではいないし、聞きかじりですが。
そのせいなのかどうか、かなり疑問があります。
まず、色々な証拠写真とか状況説明とか、
「素人にもわかりやすくまとめて」
とか、生々しい写真は衝撃があるので
「生写真」ではなく「CG画像」
を使っているとか。
これってどうよ?
と思います。
「まとめ」たり「画像作成」の時点で
それらを作成した人の意思が無意識の内にでも反映されないのかしら?
もう一つ。
裁判員からの質問への回答に対して、裁判官が
「(裁判員の質問は)そうではなく」
と口を挟んだらしいこと。
自分の質問にそういうことされたら私はイヤだなぁ。
裁判員自身が
「聞きたいのはそういうことではなくて」
と再質問すればいいわけで。
私の説明や言い回しが下手で、うまく伝えられず困っている状況なら別だけど。
報道の表現も疑問。
「遺品を凶器に使った理由」を裁判員が質問したことを
「一般人ならではの質問」という意味のことを言っていました。
本当にそうなのかなぁ?
専門家だって「気にした」から
「凶器が遺品だった」って判明していたんじゃないのかしら?
「被告が被害者を刺し殺した」のは事実らしいけれど
その前後のいきさつは検察と弁護、証人、被告、みんな曖昧に見えます。
言った言わない、信じられる信じられないの水掛け論や推論。
そんな事実が曖昧な状態では私は判断できないなぁ。
裁判員になったら、曖昧のまま、結論を出さなくてはならないの?
そんなのイヤだなぁ。
裁判、そんなでいいの?